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第8回「感性を育むとは?」


情操・感性・感覚 

 情操教育といえばすぐに「美術館に行って」「クラシックを聴かせて」と、思ってしまう方が多いのではないでしょうか。美しいもの、ほんものに触れることは幼い時に大切な体験ですが、子どもの内側にある力を無視して大人からの押しつけに終わっては本末転倒。感性や感覚の力は、後からとってつけるものではないからです。 

五感と0体験 

  あなたは毎日どのくらい五感を用いて生きていますか。朝起きてから寝るまでの生活を五感でなぞっていくと、眼や耳だけに頼りがちだと気づきませんか。視覚と聴覚ばかりを使う現代人のなれの果ては、火星人として描かれる手足が退化した姿かも知れません。人は触覚(手触り)、嗅覚(匂い)、味覚(味わい)の力を駆使して生き抜いてきた生き物です。名古屋芸術大学の山田卓三教授は、現代の子どもに必要な体験として、五感を使う体験のほか、「火の体験」「土の体験」「水の体験」「木の体験」などに加えて「飢えや乾き、崩れた人間関係、生き物の死に対峙するといった0(ゼロ)体験」を挙げています。子どもたちの日常にあるべき様々な体験がバーチャル体験に乗っ取られ、「感性」「感受性」が表面的な実感のない感覚に終わってしまうことを私たちは恐れなければなりません。 

子どもの「日々」を大切に 

 だからこそ、感性の豊かさとは、子どもの日常に染みこんでふくらむものと心得ましょう。子どもたちはすでに柔らかな感性を持っています。その一日、一日を、私たち大人がいとおしく想い、共に感じて育つことが基本ではないでしょうか。 
 本校は五感を用いる教育活動を大切にしています。自分の感覚を大事にすることは自己肯定感の育成につながり、子どもたちは五感を使うことが当たり前になります。感じたことを表現し、共有し、互いの価値観を認め合う力、それこそが情操教育がめざすものだとすれば、特別な取り組みをしなくても、自然や人との関わりの中で育つということです。 

自分の感性を守る人を育てる 

 感性を育むとは、親や教員の感性を子どもに押しつけることではありません。自分の感性を守れる人を育てることなのです。最後に、私が心の重石にしている詩の一部をご紹介して終わります。

「ぱさぱさにかわいていく心を/人のせいにするな/みずから水やりを怠っておいて/自分の感受性くらい/自分で守れ/ばかものよ」 (茨木のり子「自分の感受性くらい」)




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