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第5回「しつけってなんだろう」


身を美しく整える=しつけ 

 しつけは、漢字で「躾」と書きます。読んで字のごとし、身についた美しさこそ、しつけられた姿なのかもしれません。また「仕付け」とも書くようです。しつけたことは、普段から仕付けている行い、日常化した行いになっていることを納得させられる表記です。 
 私も、子どもの成長をそばで見守る者として「しつけ」についてしばしば考えさせられます。おそらく、しつけに最も重要な期間は2歳頃から小学校に上がるまでではないかと私は考えています。子どもが自分で立ち、歩き、人との関わりが増え、行動範囲が広がっていくまでの「しつけ」の日常化は、子どもの成長に影響するものではないでしょうか。 

社会のルールを教えることは大人の責任 

 私の母親はとても厳しい人で、私は本当によく叱られました。どちらかというと叱りとばされるという激しいイメージです。中途半端ではなくとことん本気で叱り、社会のルールやマナーを身につける躾でした。叱られながら子ども心に「この人は私の行いに対して責任をとろうと向き合っている」と理解していたように思います。 
 小学生にもなると、責任から逃げようとする大人の姿を子どもたちは敏感に察知します。責任逃れは守りの姿勢の一つとも言いますが、「大人は自分たちを大切にするのではなく、大人自身を守っているのだ」と、子どもに明らかに伝わる…保護者であれ教員であれ「その人」から見捨てられたような孤独感が子どもに残る怖さがそこにあります。 
 私は真剣に叱ってくれた親に、今とても感謝しています。そこに保護者としての責任ある行為があり、それによって大きな愛情が示されていたことを思うからです。 

自立に向けた働きかけとして 

  子育てとは「その子の自立に向けた働きかけ」。「ねむの木学園」の宮城まり子さんは、子どもたちが描いた絵を持ってくると、「上手だね」「よく描けたね」などは言わず、ただ「ありがとう」「見せてくれてうれしいな」とおっしゃるのだそうです。大人が子どもの心に向き合うとき、真剣さと自分を飾らないことが大切だと気づかされます。どうほめ、どう叱るか…しつけにあたって悩む経験も、子どもからの学びの一つ。共に成長できるチャンスかもしれません。




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