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第3回「子どものしかり方・ほめ方」


「しかり方・ほめ方」は愛し方

 ずばり、「子どものしかり方、ほめ方」は子どもとしっかり関わりながら確立していくものだと私は思っています。そしてそれはひと言で言えば「愛し方」だと思います。厳しさとやさしさ、人を育てるにはそのどちらも必要ですが、大切なのは子どもが気づくように毅然としかり、心からほめること。大人の都合で感情的に怒りをぶつけたり、子どもの機嫌を取るようにほめるのとは大きな違いがあります。 

「いい加減」を知る

 ある料理専門家が「自分で味加減するところから家庭やおふくろの味が生まれる」とコメントしているのを聞き、私は、最近「加減」というものが、生活から消えているように感じました。「さじ」「塩」「手」「力」「お湯」「火」「水」…かつては生活の中にたくさんの「加減」が存在し、自分で感じ、調節する力が子どもの時から育まれ、さらにそれらは人間関係構築に役立ちました。ボタン一つでお湯が沸く、設定しておけば機械が調節してくれる…そんな現代では、子どもも大人も人に備わるべき「調整力」を身に付け、用いるチャンスを失っているようです。「しかり方・ほめ方」にも「加減」の余地が必要ではないでしょうか。追いつめるようなしかり方や図に乗るほめ方ばかりでは、決してよい方向には進まないでしょう。「いい加減」を「いいあんばい」ともいいます。「塩梅(あんばい)」とは雅楽の楽器「篳篥(ひちりき)」の奏法の一つ。息の加減で音の高さを微妙に変える独特な奏法です。塩に梅、この漢字にも含蓄がありますね。「加減」の余地を残したしかり方、ほめ方を心がけ、子どもの力、子どもの持ち味を引き出す「いい加減」を知っておきたいものです。 

子どもに誠実に接する 

 最後に、子どもの教育において世界的評価の高い北欧スウェーデンの、中学校教科書に掲載されているドロシー・ロー・ノールトの詩から一部をご紹介します。 

「子ども」 批判ばかりされた 子どもは/非難することを おぼえる/殴られて大きくなった 子どもは/力にたよることを おぼえる/笑いものにされた 子どもは/ものを言わずにいることを おぼえる/皮肉にさらされた 子どもは/鈍い良心の もちぬしとなる/しかし、激励をうけた 子どもは/自信を おぼえる/寛容にであった 子どもは/忍耐を おぼえる/賞賛をうけた 子どもは/評価することを おぼえる/安心を経験した 子どもは/信頼を おぼえる/可愛がられ 抱きしめられた 子どもは/世界中の愛情を 感じとることを おぼえる (「あなた自身の社会」新評論 川上邦夫訳から) 

 子どもを大切にしない社会、国は滅ぶといいます。子どもを一個人として尊重することは、大人が大人として成熟している証拠なのかもしれません。あらためて、子どもに誠実に接することの大事さを考えさせられます。




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